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2026年5月31日・三位一体の主日(A年)

出エジプト記34.4b-6, 8-9・ダニエル補遺・アザルヤ29, 30+31+38・二コリント13.11-13・ヨハネ3.16-18

  私たちの生活の中でごく普通の日々にある私たちの召命

 


私たちは、今、復活節の7週間の後につづく、2番目の週(私たちの教会の典礼暦にある9週間の年間)を迎えています。四旬節や復活節といったどことなく荘厳で重複するテーマの 後でさえも、私は、神さまのみことばの黙想に対して、私たちがその熱意を保ち続ける ことを強調したいと思いますが、確かに典礼の年間の日々にある数週間は、私たちの典礼の中で最も豊かである故に、素晴らしい時なのです。5月と6月の日曜日の典礼で、最も聖なる三位一体の主日(今日)、来週の最も聖なるキリストの聖体の祭日、その後の金曜日の 最も聖なるイエスのみこころの祭日があることを心に刻んでおいてください。私たちの 教会の典礼の豊かさと共に、聖なる三位一体から溢れ出る愛と恵みを通して、私たちのごく普通の日々の生活において、神さま(聖霊)の愛と恵みが、どのようにして私たちに霊的 閃きを与えてくれるのかを知り、証しするという召命を理解し、そして、それ故に、この経験を隣人たちに広げ、分かち合う事ができるでしょう。

 

最も聖なる三位一体の教えは、神さまが私たちと深く関わってくださっていることを、 私たちに思い起こさせてくれます。父である神さまの愛は、心の乱れ(私たちの罪)から 私たちを贖い、キリストの犠牲の結果として、聖霊の恵みを通して私たち(罪から贖われた私たち)に注がれるために、みことばから肉となる事で、明らかにされます。確かに、 私たちは三位一体の神秘を部分的にしか理解(多分、神さまの愛がとてつもなく絶大 であるという理解)できていません。けれども、「父と子と聖霊」として示され、明らかにされた神さまの知恵に、私たちはすべてを委ねます。

 

第1朗読では、神さまのイメージが、怒るに遅く確固たる愛と信実さに溢れ憐れみ深く寛容であると具体的に書かれています。モーセはひれ伏し、かたくなな民である私たちの ために請い願うのです。私たち現代の神の民は、いつもかたくなな心から守られ、本物の キリスト者としての生き方へと導かれるよう、祈り続けています。

 

福音朗読では、イエス様がニコデモに神さまの愛と救いについて話されている事に、 私たちは気づくでしょう。これは、永遠の命の約束のために、イエス様を信じるようにと いう招きです。聖なる三位一体の意味をもっと深く掘り下げ、そして、三位一体で存在 される唯一の神さまの溢れる一致と愛と恵みを、私たちは心の底から見出しましょう。 そして、畏敬の念を持って、父と子と聖霊の御名によって、多くの人々に洗礼を授けると いう大いなる使命に参加するよう、私たちの心を駆り立てましょう。

 

 

今日の第2朗読では、聖パウロがコリントの教会の人々に、歩むべき道を正していく ように、また、お互いに聖なる挨拶を交わすように勧めている事が読み取れます。これらのプロセスは、私たち自身と共同体に喜びと平和の生活をもたらします。確かに、私 たちには、神さまの愛とゆるしについて、お互いに分かち合うことが多々あります。 あなたの貴重な時間の一部を分かち合い、共にもっとも相応しい場所を見つけていきませんか?これらのすべての事を理解した上で、私たちが長い間築いてきたお互いの間にある壁や、私たちが神さまの愛とゆるしを知り、体験し、分かち合うのを妨げるような方法や考え方を、打ち砕くための努力が私たちには必要なのです。